「冬は寒い」を受け入れるだけで、人生は楽しくなる

箱根に越してきて思うことは「やっぱり寒い」ということ。暖房は暖炉しかなく、部屋の中は「なんとかいられる」温度にこそなれ、ほかほかにはならない。そんな中で「冬は寒い」ことを受け入れる感性が、人生を楽にしてくれるエッセンスだと気付きました。

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うーさぶい

朝起きると、外の気温は2〜3度。室内の温度は9度くらい。

この温度をどう捉えるかは人によっても違うでしょうけど、わたしにとっては寒いです。思い切って布団を出て、すぐに服を着込みます。

寝室を出て、まずはコーヒーを作るためにお湯を沸かす。

湧くのを待ちつつ暖炉に着火。着火剤代わりの新聞紙から、木に火が燃え移るのを確認して、顔を洗い、歯を磨く。

部屋が吹き抜けになっているという構造の都合もありますが、暖炉に火をつけてもなかなか部屋は暖かくなりません。ぼんやりとした温かさが広がる程度。

小一時間して、9度だった室内温度が10度になり、しばらくして11度になり……、今この記事を書いている13時現在、やっと12度です。

ガンガン火を焚けば、もう少し早く暖めることもできるでしょうけど、それはしません。冬は寒いのだと、もう受け入れているから。

寒ければ着込めばいい。

夏みたいにシャツ1枚でウロウロできなくていい。

少し寒くて手がかじかむのだって、たった数ヶ月の辛抱。その分だけ春になれば温かさを喜べる。

そう思って受け入れています。

すべてに言えること

冬が寒いのは当たり前。冬が寒いから、春が少し暖かくて、夏を暑く感じられる。冬が暖かかったら、春とか夏を感謝できますか?

季節が巡るように、人生もいろんなステージを巡っていくのだと思います。

たとえば仕事が辛い時期に差し掛かっているなら、無理して辛さから逃げるのではなく、「今は辛い時期」と受け入れてしまえばいい。

収入が少なくて不安なら、「今は貧しい時期」と受け入れてしまえばいい。

商品が売れなくて不安なら、「今は売れない時期」と受け入れてしまえばいい。

達観して、何もしないで待つ、のとは違います。

冬が寒くて、暖房をつけても夏のようにはならないけど、「外よりは暖かいから、これでいい」と受け入れる感性が大切なのです。

忙しくてリラックスできる時間がないなら、いきなり「1日中リラックスする」みたいな極端な解決を求めず、

「30分、お風呂でゆっくりできたから、今日はこれでいい」

とか

「朝のコーヒーだけは静かに飲めたから幸せ」

など、小さなことに喜びを感じられればいいんです。必ず、季節は巡って、春が来て、「ああ、冬は寒かったなぁ」とただの思い出話のように思えるときがくるんです。

今を悲観しないこと、極端に変えないこと

家に強力なエアコンがあって、夏みたいに暑い室内で過ごすより、冬は寒くて、夏は暑い方が、人生っておもしろいと思うんです。

忙しいときは忙しさを受け入れ、

辛いときは辛いことを受け入れる。

巡ってくる次の季節に思いを馳せながら、今できる小さな解決に喜びを見出す。

そういう生き方って、いいと思うんですよね。

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