仕事を起点にしない生き方をわたしは応援したい

最近、サラリーマン時代のことをよく思い返します。「仕事にやりがいとか目標って持たなくちゃイケないもんなんですか?」と訊かれたことがあり、そのとき自分なりに考えた答えを書いてみます。

仕事から人生を考えるか? 人生から仕事を考えるか?

目標面談の時期のこと

年に2度、目標面談がありました。上司と部下が話し合い、次の半年をどう働くか決めるイベントです。

そんな時期に、部下ではない後輩から相談を受けました。

なんか上司に『やりがいはなんだ?』とか『仕事における究極の目標はなんだ』と訊かれるんですけど、正直そこまで仕事仕事って思ってないんですよね〜。なんか「ない」って答えると自分がつまらない気がして……

決してやる気がない子ではないんです。むしろ周りからも頼られて、遅くまで仕事をして、そのうえ周りの雰囲気を和ませるような子でした。だけど「やりがい」とか「仕事における究極の目標」とか言われても……、と困っていたのです。

1つ付け加えると、彼女の悩みは「上司になんて答えるか?」ではありませんでした。上司にテキトーに答える技術を持ってましたから、サラッと答えて乗り切ったそうです。彼女の悩みは「実際のところ、これから先、目標がないまま生きていていいのか」という、もっと重いものでした。

仕事人間が1番だという幻影

結局、この時代になってもなお、仕事を生きがいにして、壮大な目標に向かって生きている人を称える風潮があるんですね。もちろんそれが悪いことではありません。仕事にやりがいを見出し、やり遂げる人 “も” 素晴らしいとは思います。

しかし専業主婦/主夫は劣っているのでしょうか? 単純作業を淡々とこなし、クリエイティブではない仕事をする人たちは劣っているのでしょうか?

そんなわけはありません。

みんな違う価値観の中で生きているというだけのことです。

「おれは困らないくらいのお金があって、時々都会で飲み歩けるくらいの生活ができれば満足!」

「家族がいつも顔を合わせていられるなら満足」

「仕事をしながら趣味のフットサルを続けられるなら満足」

と、人それぞれ満足のポイントは違います。

考え方を逆転しよう

仕事を起点に人生を考えなくてはならない、というのが腑に落ちません。そんなもの二の次でいい。

どういう人生を望んでいるのか? どういう生活を望んでいるのか?

それを起点に考えてみたらいかがでしょうか?

「ぼくは田舎で暮らしたいんだ」

と思うなら、自分が住みたい田舎でできる仕事を選ばなくてはいけません。

「ブランド物のバッグが超スキ!」

と思うなら、それを買えるくらいの収入が必要です。

「自分はこういう生活がしたい」 → 「だからこういう仕事」

という人生の選び方だってまったくおかしくない。

「静かに、安定した、不安のない人生がいい」と思って公務員になる人を誰が責められるでしょうか?

いまの時代、仕事を起点に人生を考えている人が多すぎる。バカみたいに多すぎる。自分の周りにも「仕事があるから東京から離れられない」という人がいる。というか、自分もそうだった。

自分がどう生きていたいか考えて、そのために何をすればいいかを考える。

こういう人生があってもいい、というより、人生とはこうあるべきだ、とさえ思います。

冒頭の後輩にも同じような話をしましたが、うまく伝わっているといいな。

〜参考〜

目標という意味で、こういう記事も書きました

そっか、目標ってのは未来の自分の先取りなんだ、と気付いた話

 

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