10日間の瞑想修行から得たものは「身体の声を聞く」ということ

インドで受けた瞑想修行から2年。振り返って見て、瞑想前と瞑想後の自分の変化について書いていきます。


インドで受けた瞑想修行

インドのブッダガヤという街で、わたしは瞑想修行を受けました。ヴィパッサナ瞑想という、仏陀が悟りを開くときにやっていたとされる瞑想です。

「ものごとをありのままに見る」という意味のヴィパッサナーは、インドの最も古い瞑想法のひとつです。この瞑想法は2500年以上も昔、インドで、人間すべてに共通する病のための普遍的な治療法、すなわち「生きる技」として指導されました。
(参照:日本ヴィパッサナ瞑想協会

「なにこれ? 宗教の勧誘記事?」

と思ってページを閉じようと思った人は、ちょっと待ってください。これから書くことは宗教のことではないし、むしろすごく現実的な体験談です。

夫婦で旅をしていた私たちは「インドと言えば瞑想だろう」という安易な思いつきで、このヴィパッサナ瞑想センターを訪ね、最短の10日間コースを受講したのでした。

<その時の模様はブログに書きましたので、興味があればどうぞ>

約2年が過ぎて、残ったもの

10日間の修行はなかなか辛かったものの、体験としてはすごくおもしろくて、瞑想=宗教的なやつ、というイメージは完全に払拭。私は「心の筋トレ」と呼んでいます。

とはいえ、あまり真面目な生徒ではないようで「コースが終わってからも毎日瞑想するのが望ましい」と言われたものの、その後はまったくやっていません。

では、何も得るものがなかったか? といわれるとそんなことはない。

かなり自信を持って「得た」と言えるものがひとつありました。

身体の声を聞くということ

男はこういう人が多いんじゃなかろうか、と思うのですが、わたしは自分の身体に無頓着でした。

風邪のひきはじめで「身体を休めよう」とか思わないですし、そもそも風邪のひきはじめに気付きもしない。熱が出てから「ああ熱が出た」ってなもんです。

手荒れも気にしないし、唇が荒れたくらいで慌ててリップクリームを買いに行くとこともない。たまたま手近にあれば使うというだけ。

そんなわたしですが、瞑想修行を終えてみると、前より身体の異変に気付くことが増えたようなのです。

「ほんのちょっと腰に疲れを感じる」

「なんか首の付け根が痛む気がする」

「膝に違和感があるな」

どれもはっきりした痛みでも、疲れでもないんです。以前の自分なら気付きもしない、わずかな変化。それに気が付くようになりました。

すぐに対応できる

こういう小さな変化には、いつも小さく対応するように心掛けています。とはいっても風邪薬を飲むとか、クリームを塗るとかではなく、「ちょっと休む」とか「揉む」とか「暖める」などといった簡単なもの。

そうすると小さな違和感はそのまま消えていってしまうものです。

で、「身体の変化に気付ける自分」に気が付いてからは、意識して1日1回くらいはジッと身体の声を聞く時間を作るようにしました。風呂とかトイレとかのついでにちょっと集中するだけ。たとえば便器に座ったときに

「足は大丈夫」

「腰は大丈夫」

「胸は大丈夫」

「首は……、頭は……、ちょっと頭が重いかナ?」

という具合。時間にして5〜10秒。

瞑想って精神的なものかと思ったのだけど

瞑想って心の修行であって、精神的な向上を目指すものなんでしょうけど、わたしの場合は身体の取り扱いが少しうまくなったようです。

ほら、車とかバイクのメンテンナンスの基本は洗車だって言いますよね。洗車を通して気付いたわずかな変化に早めに対応することが愛車を守る1番の方法だって……。

道具をメンテナンスするようなに自分の身体に向き合う。

身体って心の道具なのかもしれない、と書いていて思いました。

-----------------------
連載企画のご紹介です。
原稿用紙1枚の物語 - 原稿用紙1枚で小さな物語をお届けします(毎日更新)
世界旅小説 - 2年かけて回った世界の国々を舞台にした読み切り短編小説の連載です(不定期更新)
ブログランキング・にほんブログ村へ