教えずに教えるという教育が結局は1番いい

人になにかを教えるとき、つい教えちゃっていませんか? 大事なことはレールに乗せてあげることで、教えることじゃないんですよ。

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妻にfeedlyの使い方を教えていて気が付いた

妻がブログリーダーとして有名な Feedly を使ってみたいと言うので、わたしが教えることになりました。

(心の声)「長いことFeedlyを使ってきたから、こだわりがたくさんあるぞ。全部教えてあげよう!」

Feedlyを上手に使いこなしている人なら分かると思いますが、効率よくブログ巡回するためには、いろんな工夫があります。

Feedly と PocketIFTTT で繋げてみたり、ショートカットキーを駆使してみたり、ブログのカテゴリ(フォルダ?)を工夫したり、はてなブックマークのRSSを登録したり……といったことです。

それを教えようとしたところ、「よく分からないから、教えてくれなくて大丈夫」と一蹴。

妻は正直だから一蹴できた

一蹴されたとき「それでよかった」と心底思いました。

こういうテクニックって一気に教えられても意味が分からないし、長い目で見ると応用力がなくなってしまうんですよね。たとえば IFTTT を強引に使わせても、たぶん意味不明だし、なにかうまくいかないときに自分で対応することができなくなります。

「Feedly を使うときはとにかくこうすればいいんだよ」

とむりやり教えても、ちょっとつまづいたときに思考停止。これは Feedly に限らず、どんなことにでも言えることです。

たとえば仕事でもそう。

「資料作るときは、とにかくこうやるんだよ」

「お客さんと話すときは、とにかくこうやればいいんだよ」

そうやって誰かが作ってきたノウハウを上っ面だけ教えても、ちょっと状況が変わったらうまくいかなくなります。で、うまくいかなくなると、

「そういうときは、臨機応変に対応しろよ」

とか言っちゃう。不毛ですね。

あえて教えない教育

だから、教育ってのはレールに乗せるところまで面倒を見て、あとは背中を押して終わり。それが1番いい。

今回で言えば、Feedly のアカウントを作ってあげて、ブログを1つ2つ登録して「とりあえず見られる」という状況だけ作る。

あとは自分で発見するんですよ。自分だってそうだったから。

「もっとブログを追加したいな」

「もっと効率よく見たいから、Pocketと連携したいけど……」

「ブログが多すぎて処理しきれなくなった……」

と、困ったときにわたしに訊けば、そのときはちゃんと教えてあげられる。上っ面じゃなくて、ちゃんと理解できる。

仕事でもそうです。

手取り足取りすべて教えるんじゃなくて、最初は基本的なことだけ教えて、とにかくやらせる。で、失敗する。そこから学ぶんです。そうやって身につけた技術が結局は1番応用力も有り、深く理解できる。

「背中を見て学ぶ」ってそういうところから来るんでしょうね。

誰かに何かを教えるときに意識すること

だから最近は「誰かにものを教えるとき」に次のことを意識するようにしています。

《どこまで教えればレールに乗せられるか?》

この1点です。Feedlyで言えば、アカウントを作り、ブログを1つ登録すればレールに乗ります。Twitterの使い方ならアカウントを作り、1回つぶやければいい。

資料作りを教えるなら、資料が必要になる会議に呼んであげればいい。

営業テクを教えるなら、お客さんと会う機会を作ってあげればいい。

あとはなんとかしますって、みんなバカじゃないんだから。

じつは苦手なのです

実はこういう「教えない教育」というのがわたしは苦手。すぐに教えたがるタイプです。

だから、妻が「これ以上は教えてくれなくていいよ」と言うと、「ああ、また教えすぎたか……」と反省しつつ、やっぱり教えない教育が1番いいんだよなぁ、と気付かされるのです。

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