自由に書けることがウェブを殺してる 超短編小説を書き続けて思うこと

自由に書いている、ということは、ダラダラ書いていることと隣り合わせだということを理解した方がいい。削る苦しみを知らないウェブコンテンツはつまらないものが多いです。


ウェブがつまらない理由はダラダラ書けること

ウェブ媒体で見かけるコンテンツの多くが、紙媒体に比べて、ちょっとつまらないです。

全部じゃないですよ。でもつまらないものが多い。

伝えようとしていることはおもしろいのに、読ませる技術がないブログばかりです。

紙面の大きさが決まっている紙と、自由に書けるウェブの差が生み出す欠点なのかな、と最近思っています。

短編小説は小さな物語ではない

とつぜんですが、小説の話を例にして説明します。

Twitterでエソラコトナリさんが、僕の小説を指して、こんなことを言ってくれました。

この連載ですね → 《原稿用紙1枚の物語》Medium版, Note版

原稿用紙1枚分(400字相当)の小説をほぼ毎日お届けするという連載です。

このツイートですが、いいところを突いているんですね。

私はよく人に「短編小説は小さな物語ではない」と言い続けています。物語の大小と、小説の長短になんら相関性はないんです。

表現するフォーマットが違うだけ。400字で書いた物語を長編にすることもできるんです。あえて1枚という制限の中で表現しているに過ぎません。

ためしに1行小説を書いてみます。

子どもが生まれたとき、自分が父にした仕打ちに胸が痛んだ。

どうでしょう? 読者の想像にゆだねる部分が多いですが、小さな物語ではないのがわかるでしょうか?

上の1行小説は、志賀直哉の『和解』をイメージしています。この1行を広げていけば、中編や長編小説にすることも簡単です。

大きな物語を小さなフォーマットの中で表現しているわけです。俳句的と言ってもいい。

自由に書けるとうまくならない

小説を書き始めると、大体みんなダラダラ書いてしまう。自由に書けばうまくいくと思っているんですね。

でも残念ながら違います。

フォーマットを決める。小説なら長さを決めて書くことで、文章が洗練されていきます。

「この言葉はいるかな? このエピソードはムダかな?」

と吟味し取捨選択していく行為こそが、小説を書く醍醐味であり、難しさ。

余計な言葉は1文字だって入れたくない。使う言葉はその場面に1番適したものを使いたい。だから小説家は言葉にこだわるんですね。

ウェブメディアだって

ブログ、Twitter、Medium、Note、YouTube、各種SNS……。

どの媒体でも自由に書いている人が多いですよね。かっちり長さを決めて、1000文字なら1000文字で書くという練習をしている人が少ない。

だからムダな言葉が多かったり、逆に言葉足らずだったりするんです。

雑誌などの紙媒体で鍛えられている人は、やっぱりこの訓練をしているんですよ。紙面の大きさは有限ですからね。

長さを決めて日々更新すること

「ウェブのいいところは自由に書けるところ」という発想が、長期的にはウェブをダメにしている、とさえ思います。

おもしろいサイトは決してダラダラ書いてないです。ほぼ日とか見れば分かります。ガンガン削っていると想像される出来映えです。

動画・音声コンテンツも同じ。ダラダラ喋ってるコンテンツなんて見てらんない。

「1分で分かる今日のニュース」
「昨日1番おもしろかったブログを30秒でお届け!」

みたいなコンテンツをみんな作る努力をした方がいい。ギューッと濃密なネタになりますよ。っていうか、そういうのを私は見たい。

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連載企画のご紹介です。
原稿用紙1枚の物語 - 原稿用紙1枚で小さな物語をお届けします(毎日更新)
世界旅小説 - 2年かけて回った世界の国々を舞台にした読み切り短編小説の連載です(不定期更新)
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