本をきれいに保とうとする努力は金槌で釘を打つのを躊躇するのに似ている

本を読むのは何のためか? もし知るために読むのなら、本をきれいに保とうとするのはやめたほうがいい。というか、やめなくてはいけない。

本とは何か?

本と言っても幅が広い。ここでは「何かを知るために読む本」と定義づけておこう。

例えばコレクター的な「保存用」の本はここには含まない。

自己啓発書でも、歴史書でも、経済書でも、小説でも、知るために読む本が今日の対象だ。

(小説は楽しむために読む場合と、知るために読む場合がある。たとえば江戸時代の生活感を知るために時代小説を読む行為などが後者に当たる)

本とは何か? パートⅡ

先ほど定義したように、本とは何かを知るために読むものだ。

飾るための物ではないし、格好良く自分を演出するための物でもない。

知ることが目的だ!

これをしつこいように繰り返すのには理由がある。知るために読む本なのに、知るための努力が足りない人が多いのだ。あるいは「知るため」と真っ向から対立することをやろうとしている人が多いから。

それは「本をきれいに保つ」ということ。

折り目をつける。線を引く。付箋をつける。書き込む。ビシッと広げる(背表紙に折り目がつく=開き癖がつく)。カバンに入れて雑に持ち運ぶ。そういうことを躊躇する人が多いのだ。

知るために読めよ、と

売るためとか、キレイ保管するために、本を読んでいるのか? と訊きたくなるような本に潔癖な人が多い。

本は消化するためのものだ。そのためには良く噛まなくてはいけない。例えば和菓子を食べるときに、「形がキレイで可愛いから、噛まずに食べる」という人がいるだろうか? 可愛い形のまま、胃の中に流し込むことが、何か意味のあることだと思う人がいるだろうか?

わたしからすれば、本を買い、きれいに保ちつつ読み、本棚にキレイに収納する行為は、これに近い。

しっかり噛み、唾液と混ぜ、味わい、胃での消化を促進し、味も、栄養も、最大限に吸収する。本もそうやって読まなくてはいけない。

金槌を買って、「大事にしているから」と釘を打つのを躊躇するような滑稽さを感じる。

騙されたと思ってえんぴつと付箋を使ってみてほしい

今まで本に線を引くことを躊躇してきた人は、騙されたと思ってえんぴつで気になった文章に印をつけていって欲しい。

もし無意味だと思ったら消しゴムで消せば良い。そのために先の丸いえんぴつを使えばいい。

どこに線を引くかは任せるが、わたしの場合は

  • 忘れたくないところ
  • あとで必要になりそうなところ
  • 感銘を受けたところ

などに印をつける。線を引くこともあれば、囲みをつけることもある。

繰り返すが、意味がなければ消せば良い。しかし、意味がないなんてことは早々起きないと思う。

どうせ読むなら徹底的に消化しようじゃないか?

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