紙媒体は廃れているのではなく、適正値に向かって推移しているだけ

紙媒体と言われると「衰退している」と思う人も多いと思う。しかしわたしはそうは思わない。売上という観点で見れば減少方向だろうが、ある意味では時代の適正値に向かって推移しているのであって、あるべき形が変わろうとしているだけなんだと思う。

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廃れゆく雑誌や本

売れ行きを見れば、雑誌や書籍は減少傾向だ。

むかしは知識が欲しければ本を読むしかなかった。待ち合わせ場所に早く着いたときの暇つぶしだって文庫本や雑誌が最適だし、寝る前のひとときだって、枕元の本に手を伸ばす人が多かった。

そのどれもがネットやSNSに変わった。

本や雑誌を買うのは所有欲とかステキ感

もう雑誌や本に価値はないのだろうか?

そんなことはない。価値はなくなったのではなく、変わったのだ。

たとえばファッション雑誌。

モデルのSNSやインスタグラムなどを見れば、まるでファッション誌のような数々の写真を見ることができる。ならばファッション誌などなくなってもいいことになる。

でもそうはならない。

たとえばこんな記事がMediumにあった。

新創刊されるファッション誌のデザインの傾向

傾向として、デザインがシンプルになり、紙が上質になり、「○○○の着回しコーデ」のような記事も減っているという。

これを見て「やっぱり」と思った。

読者が雑誌や本に求めているのは、所有欲を満たす「ステキ感」だ。

「こんなステキな雑誌を読んでいる私はステキ」

もう「情報としての雑誌」よりも、雑誌自体がファッションアイテムなのだ。

紙媒体の雑貨化

雑誌だけではない。たとえば、はあちゅうさんが「書籍を雑貨化する」というキーワードで本をデザインしている。

彼女はnoteでエッセイを書いているから、彼女の文章を読みたいだけならば、本を買う理由はない。しかし、買う人がいる。まさに「はあちゅうグッズ」として買うのだろう。

ミュージシャンのライブに行って、Tシャツを買う。Tシャツは音楽とまったく関係ないけどグッズとして買うわけだ。

書籍はグッズとなり、本棚はグッズ置き場となる。

総合芸術化していく本

こう書くと「本の価値は文章にあるのだから、雑貨として売るなんてけしからん」なんて人もいるかもしれないが、決して悪いことではない。

雑誌や本は今後、総合芸術化していくのだと思っている。

表紙を作るデザイナー、文章を書くライター、編集者、フォトグラファーなど、集まって作る総合芸術。ストイックに文章だけを売るのではなく、そういう完成作品としての本が求められていくのだと思う。

ネットでは「個人」の活動の幅が広がっていく。

しかし紙媒体はチームとしての作品作りが求められるのだろう。

「この編集者の本が読みたい」

「このフォトグラファーとライターのコンビが好き」

そういうことも起こるかもしれない。

そして総合芸術化した結果、本は熱心なファンのためのものになる。誰もが買うものではなくなる。

紙媒体は衰退しているのではなく、次のステージに移ろうとしているだけだと思っている。

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